パテックフィリップはなぜ高いのか?

オーデマピゲ、ヴァシュロンコンスタンタンとともに世界三大時計に名を連ねますが、さらにその中でも頭一つ抜きんでていると言われるパテックフィリップ。

1839年に創業したパテックフィリップは、約180年続く老舗ブランドです。世界基準の高品質と、長い歴史のなかで培われた確かな技術力から生まれる数々の名作は、世界中の愛好家を虜にし続けています。

定価1000万円超、あるいは「時価」としてローンチされることも珍しくありません。それに加え、パテック・フィリップはオークションで古い自社時計を高値で買い戻すことによって、「パテック・フィリップの時計の中古市場価値を保たせる」というビジネス戦略をとっています。それによりオークションを始めとした二次流通市場では「高くても欲しい」という需要に下支えされ、他ブランドに比べても高額な値付けで取引されています。




自社で製造するマニファクチュールブランド

パテックフィリップは、時計業界でも数少ない、製造の工程をすべて自社でまかなう「マニファクチュールブランド」です。時計業界でマニュファクチュールと言うと、時計のムーブメント設計・製造・組み立て、ケーシング、外装のデザインや設計・製造・・・こういった工程を自社で一貫して行うメーカーを指しています。

さらに、ほかのマニファクチュールブランドが実現できないコンプリケーション(複雑機構)の製造を可能としています。製作が困難とされるコンプリケーションを、長年に渡り継承していることは、大きな特徴のひとつと言えます。

コンプリケーションモデルで有名な機能のひとつが、時計の動きを行いながらカレンダーを自動調整する「永久カレンダー」です。現在でもその技術力を世界が認めており、永久カレンダーのエキスパートとして認知されています。

時計の確固たる技術力は右に出るものはいないかもしれません。

時計業界では主に三つのコングロマリットが存在します。

「スウォッチグループ」「リシュモングループ」「LVMHグループ」です。

多くのブランドがこのいずれかのコングロマリットに参画し、巨大資本のもと、高度な時計製造や開発を行うのですが、パテックフィリップは一貫して独立経営を貫いていることも特筆すべき点です。こういったコングロマリットに劣らぬ資本力と、随一の時計製造技術を有していることの証左と言えます。

ちなみに、完全マニュファクチュールメーカーとしては、パテックフィリップ以外ではロレックスやグランドセイコーが挙げられます。

高度なマニュファクチュールのもと、パテックフィリップが手掛けるムーブメントは、まさに芸術。

ある一定クラスのブランドのムーブメントになると、美観が非常に磨かれていきます。

それは、ブランドが高度な仕上げや面取り、装飾を施すため。ちなみに、こういった仕上げ・装飾に機能的な意味合いはありません。機械加工後の跡を取り除いて美しく仕上げる。すなわち「観賞して楽しむ」という、なんとも贅沢な味わいのために、ブランドは少なくない時間と手間をかけて仕上げ・装飾を行っていきます。

名うての職人らが、伝統的な手仕上げによって施す出来栄えは、圧巻。神がかっているとすら言って良いでしょう。

パテックフィリップは、そんな「手作業」を今なお大切にしているがゆえ、製造に時間と手間がかかった結果、高級品になっていくのです。

さらにパテックフィリップのムーブメントは、ただ美しいだけに留まりません。

パテックフィリップ・シールをご存じでしょうか。PPシールなどと表記されることもあります。

パテックフィリップ・シールというのは、同社独自の品質規格です。

パテックフィリップでは創業170周年を迎えた2009年、パテックフィリップ・シール宣言を行いました。

パテックフィリップ・シールは同社の厳格な基準のもと、精度、ムーブメントおよび外装(ケースや針、プッシャー、ブレスにバックル等々)の品質、仕上げ方法、検査方法、アフターサービスなどといった時計にまつわる全ての水準を最高レベルに仕上げたことの証明です。

もともとジュネーブ・シールと呼ばれる、伝統的な品質規格に準拠してきたパテックフィリップですが、2009年以降、同社が「最高水準」と自負する独自規格へとシフトを行い、現在では全製品にパテックフィリップ・シールを準拠させています。

よくムーブメントの精度での品質規格として「クロノメーター」が挙げられますが、こちらの平均日差の許容範囲が4秒~+6秒以内(サイズによる)であることに対し、パテックフィリップは日差−3~+2秒。制度の厳格さが垣間見えますよね。

パテックフィリップ・シール認定機には、ムーブメントにPPシールの刻印が施されます。

熟達した職人らが、高度に作り込んだムーブメントであるがゆえ大量生産とは無縁で、高額品になるということです。

※パテックフィリップシール

これ以前のムーブメントにはジュネーブシールの証として上記の刻印が施されております。

※ジュネーブシール

ちなみにパテックフィリップ以外でジュネーブシールを獲得しているのは、ヴァシュロンコンスタンタン、ショパール等のごく一部の名門です。

他の追随を許さない革新性と開発力

「良いモノを作る」に留まらず、パテックフィリップは年々革新的な新機構を発表しているということも特筆すべき点です。

例えば2022年に、36,000振動/時のハイビート・1/10秒 モノプッシャー・クロノグラフをリリースしています。

ハイビートというのはテンプの振動数のことで、ここが速ければ速い分高精度を出しやすい一方で、パーツの摩耗やエネルギー消費が避けられないといったデメリットを有します。しかしながらパテックフィリップではハイテクシリコン素材を用いた新しい調速機構を開発・搭載することで、このデメリットを解消しました。

さらに通常1分間に一周するクロノグラフ針が12秒で一周し、かつプッシャーを一つしか持たない(1/10秒 モノプッシャー)鮮烈な新作を世に送り出してきたのです。

「超高級時計」と言うと伝統と格式のイメージがあるかもしれませんがパテックフィリップは、老舗でありながら他社が気軽にはできないことを、ハイペースでやってのけるのが革新的なのです。

もちろんクロノグラフのみならず、パーペチュアルカレンダーやアニュアルカレンダー、トゥールビヨンにミニッツリピーターといった、超複雑機構も開発・製造しているのがパテックフィリップというブランドです。

こういった複雑機構を限定モデル等でリリースするブランドはありますが、パテックフィリップはコレクション展開しているということも特筆すべき点です。コレクションとして製造難易度の高い複雑機構を量産するというのは、それだけ高い技術力がないとできないのです。

高い作り込みによって実現された美しい外装

もちろん外装も世界最高峰なのが、パテックフィリップ。

ムーブメントや機構の精密性もロマンですが、やはり高級時計を買うなら満足のいく外装を求めますよね。パテックフィリップは外装の美も最高峰の出来栄えです。

ラグジュアリー・スポーツウォッチのノーチラスが、仕上げから見出せる「美」の点で、好例です。

ノーチラスは一般的なスポーツウォッチと異なり、きわめて薄く上品なケース・外装を有しています。

薄型モデルは製造が難しい一方では「のっぺり」とした印象になりがち。高級時計は立体感が一つの指標となるため、のっぺりな腕時計は、どうしても安価な印象をぬぐえません。

しかしパテックフィリップは、つや消し仕上げとポリッシュ仕上げを丁寧にコンビネーションすることで、薄型でありながら巧みな立体感を実現しています。また、これら仕上げに歪みはなく、高度な手作業ならではで生み出された高級感があります。

 

最高峰のアフターケア体制

機械式時計は、定期的なオーバーホールを欠かさなければ、基本的には末永く愛用できるものです。

しかし長年使っていると「修理」が必要になることもあります。

オーバーホールだけで済めば良いのですが、劣化・破損したパーツは交換してもらわなくてはなりません。

一般的に多くのブランドは「パーツ保有期間」を設けています。

パーツ保有期間は「生産終了後、一定期間はパーツをブランドで保有しておく期間」。この期間内であれば基本的にブランドで修理が可能です。しかし生産終了した個体のパーツの、工具・金型に至るまでをずっと保管しておくことは、大きなコストがかかります。そこで各ブランドは一定期間のみパーツを保有し、あとは破棄する、といった体制を敷いていることがほとんどです。

もっとも、これは「パーツ保有期間を過ぎたから修理・メンテナンスを受け付けない」というわけではないことを注記します。高級時計ブランドの多くが、パーツ保有期間を過ぎた個体でも修理・メンテナンスしてくれています。

一方パテックフィリップは、このパーツ保有期間を設けていません。

自社が製造してきた時計であれば、永久に修理を受け付けるということです。

パテックフィリップは長い歴史の中で様々な時計やムーブメントを手掛けてきましたが、その全ての修理に対応するというのは、なかなかできることではありません。「パテック・フィリップの時計は一生もの」というブランディングをこのようにして構築しているのです。


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